「今がそのときである」と認識する。
昨夜、私の仕事の上司から連絡があり、
義理のお母様が「オレオレ詐欺」に遭ってしまったと。
その人はオレオレ詐欺撲滅のための
啓発コミュニケーションを担当していた人で、
居を共にしている義理の親とも、
当然、オレオレ詐欺に対する防犯対策はしていたことと思います。
それだけに、「非常にショックだ」という心境を話されていました。
気持ちはよくわかります。
けれど、このエピソードから感じ取らなければいけないことは、
「意識の持ち方」なのではないかと思うのです。
お母様は、おそらく対策をとり、
騙されないように意識もしていたはずです。
けれど、いざ、本当にそういう電話がかかってきたときに、
それが自分の息子だと信じてしまった・・・・。
この事象は、練習のための練習、
ということが、結果的に明らかになった、
ということだと思うのです。
※
何かに備えて準備をする、ということは、多くの人がやります。
が、その準備していたものの力を発揮するタイミングについて、
「今がそのときなのだ」ということを意識できる人は
とても少ない。
ですから、私も何も偉そうに言うつもりはなく、
私自身も、同じ状況になったら騙されてしまう可能性を感じるのです。
そうならないためには、どうすればいいのか。
どう意識していればいいのか。
※
浪江町は、現在、人が住むことができる場所としては、
もっとも福島第一原発にちかい場所です。
案内をしてくださる方に、
「せっかくだから、イチエフを見に行って見ますか?」とおっしゃっていただき、
私は生まれて初めて、この目で福島第一原発を見ました。
震災の後、福島沿岸部には何度も足を運んできましたが、
イチエフを見たのは初めてでした。
遠くに煙突が見えただけなのですが、
それでも、何かとても感慨深い気持ちになりました。
言葉に表せないのですが「ついに」というような気持ちです。
イチエフが見えたのは、海の間近にある一本道で、
振り返ると放射性廃棄物の瓦礫が入った
あの黒い袋がうずたかく積まれています。
その道に行く前に、実は沿岸部を見下ろせる高台に登りました。
そこから海まではいちめん茶色く枯れた雑草が生えているだけです。
建物は何もありません。
その向こうに、本当に海のキワのところに、
今は使われていない小学校がありました。
高台から見ると、だいぶ遠い場所です。
案内をしてくださる方がいいました。
「震災のとき、あの学校の先生が生徒たちを、
この高台まで走って誘導したから、
一人も犠牲にはならなかったんです」と。
その話を聞いた時、胸がいっぱいになりました。
なんて素晴らしい判断なのだと、
その先生に対する尊敬の気持ちが押し寄せました。
地震があったあと、おそらく被災したその場所では
あまり情報がなかったと思います。
そんな中で、全校生徒を「走って」高台まで避難させたのです。
「今がそのときだ」という意識が持てていたのでしょう。
その後、在りし日のその場所の空撮写真を見ると、
今は何もないその一帯が実は家々が密集する町であったことを知りました。
すべて流されてしまったと。
子供たちが助かったことの重みを、さらに強く感じました。
※
どんなに事前に備えていても、
その準備したものを発揮するのは今だ、
という意識を持てなければ、すべて無駄になってしまいます。
その意識を持つには「自分は騙されないだろう」と考えたり、
「まだ大丈夫なんじゃない?」などと思わないことです。
人間の性能というのは、緊急事態や、
非常事態のときほど試されるものです。
普段、どんなにリーダーシップを発揮しているように見える人でも、
本当に切羽詰まった時に冷静に決断したり、
物事を有効に前に進める思考ができなければ、
その人の人間性能はそれほど高くはないのだと思います。
今、ちょうどある本を読み終わりました。
『福島第一原発1号機冷却「失敗の本質」』という本です。
その中に、当時の吉田所長の人柄を感じさせる、
こんなエピソードが紹介されていました。
原発3号機に水素爆発の危険があったため、
吉田所長は所員の退避を命じたが、
その後、原子炉の圧力が下がったため、
東京の東電本店から、再び人員に現場に戻るように指示がでます。
吉田所長は所員の命の危険があるので抵抗しますが、
本店との議論の末、仕方なく退避指示を解除します。
しかし、その後、所員が現場に戻ると3号機が水素爆発を起こし、
一時、40人あまりが行方不明となった。
結果的に全員無事とわかり、「仏様のお陰としか思えない」と
吉田所長は語ったそうです。
このエピソードは、そのあとに起きたことです。
ここから引用します。
※
しかも、このわずか1時間後には、2号機の冷却機能が失われ、
吉田は、免震棟の円卓前に部下を集め
「本当に申し訳ないが、もう一度頑張ってほしい」と
2号機周辺で作業を行う志願者を募らなければならなかった。
そして何人もが「自分が行く」と自ら手をあげるのである。
(引用ここまで)
※
爆発するかもしれない危険な原発のところに、
もう一度行ってくれと言われた時、「自分が行く」と手をあげた・・・
そのとき彼らはどんな気持ちだったのだろう。
多くは、地元・福島の人々だと思います。
想像することしかできないけれど、
「自分がやらなければ」という強い使命感を感じたのでしょう。
吉田所長の、ブレない人間性が、
一人一人の作業員に「今がそのときである」という
意識をもたせたのだと思います。
※
人はそれほど強くないものです。
けれど、意識をしっかり持つことによって、
力を発揮すべきタイミングというものを認識できるようになります。
「いつか」ではなく、
「今がそのときだ」と意識すること。
それだけで、きっと人生は何倍もの価値を持つようになるのでしょう。